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2018年1月25日木曜日

「なぜ勉強するのか?」についての考察



こんにちは、小田薫です。
今年の冬は本当に寒いですが、お風邪などひいていませんか?

月曜日の雪もすごかったですね~。
私はアトリエで仕事をしていたんですが、
15時頃に外を見ると一面雪景色!

冬タイヤに履き替えていなかったので、早々に撤退しました。
スリップ事故を起こさなくて本当に良かったです。


さて私事ですが、2007年から都立某高校の定時制の講師として
主に実技の授業を持っています。

10年の間、生徒に素材やデザイン興味を持ってもらえるように
あるいはモノづくりの楽しさを知ってもらえるように
日々いろいろと考え、工夫しながら授業を行っています。

そんな中で昨年の10月くらいに同僚の先生から投げかけられた質問。



小田さんはこう生徒に聞かれたらどう答える?と。

私「私の場合は①やりたいと思うことを実現できるようにするため、
②何かを判断しなければならない時に誤った判断をしないため。
この2つが勉強する理由ですね~。」

先生「俺はそもそも勉強っていうのは楽しいから、興味があるから
やるもんだと思ってて、生徒にそう話してるよ。」

私「ほほ~、確かにそうですね~。
楽しくないと勉強なんて絶対にやらないし、
興味も持てないですもんね~。
私は高校の化学の元素記号のテストにまだ合格してないですけど
今は制作に必要だから勉強してますよ、楽しいです。」

「でも勉強が楽しいと感じない子はどうしたらいいんですか?
どうやったら楽しいと思えるようになるんですか?」

先生「興味持ってることを調べてみたら?って言って、
それをきっかけにするよ。」

この会話があった時から自分のこれまでの人生を振り返りつつ、
生徒たちの様子を観察しつつ、勉強することについて考えています。


そもそも「勉強」とは、『新明解 国語辞典』によると
①知見を高め・(知識を深め)たり、時間を有効に使ったり
単位・資格を取得したりするために、今まで持っていなかった、
学力・能力や技術を身に付けること。
②現在ストレートにありがたいとは言えないが、将来の大成・
飛躍のためにはプラスとなる経験。
③利益を無視して、商品を安く売ること。〔俗用〕

でも前提として、〔そうする事に抵抗を感じながらも、
当面の学業や仕事などに身を入れる意〕とあります。


私は小学校4年生の時に、勉強をする意味が分からなくなりました。

某私立の中学・高校・大学に通っていた父は、
公立の中学に入るよりも私立に入る方が
より良い人生を送ることができると判断したのか、
私を毎週日曜日に四谷大塚のテストに連れて行きました。

テキストには学校の授業よりもかなり高度な問題が書かれていて、
塾にも通っていない私には古代文字を解読するようなものでした。
でもそれなりに頑張って勉強した方だと思います。

そして試験場で理解できないことが起こりました。
真冬なのに半袖半ズボンの小太りの男の子(たまにいる)が
「僕は先週のテストでベスト10人の中に入ったんだぜ~」とか
「お前らなんかみんな勉強できないバカだ」と
大声で怒鳴っていました。

同じ塾なのか「俺はお前よちも成績良かったぜ!」と答える子。
そして狭い教室の中で追っかけっこが始まる。
人の机にぶつかっても謝りすらしない。

こいつらバカなのか?
こいつらはなんのために勉強してるんだ?

たとえ勉強ができたとしてもモラルの無い人間にはなりたくない。
「勉強できる」のと「賢い」のとは全く違う。
この時、子供ながらこんなことを考えてました。

四谷大塚のテストに通って精神的にも肉体的にも辛かったけど、
私にとってこの経験はまぁ良かったと思っています。
なぜなら「賢い」人間になりたいと思えたから。
良い勉強をさせてもらいました。


勉強をしたい!何かについて知りたい!調べたい!と思えるように
なるには、まず興味を持てるということが大切だと感じます。
でも自発的に興味を持ってもらうにはどうしたらいいのか?

高校の授業を通して、これからもいろいろと考察していきたいです。

2018年1月15日月曜日

17年前、センター試験で大泣きした件



こんばんは、小田薫です。

今日は春のようなお天気の中、渋谷西武に作品を搬入してきました。
明日から展覧会が始まります。

もしご興味おありでしたら詳細ご覧くださいませ。
ARTS AFFAIR OF GEIDAI 130TH ANNIVERSARY 参加のお知らせ
http://odakaoru.blogspot.jp/2018/01/arts-affair-of-geidai-130th-anniversary.html


昨日、一昨日とセンター試験が行われましたね。
受験生の皆さん、本当にお疲れ様でした。

私は3浪しているのでセンター試験を計4回受けたのですが、
2001年の最後の国語Ⅰの試験中に大泣きしたのを毎年思い出します。

出題されたのは江國香織さんの「デューク」。



新潮社刊『つめたいよるに』という短編集の1話目に
納められています。

試験後にすぐに買った単行本なので、ずいぶん紙が
色褪せてしまいました。



これは正直ヤバかったです。
年寄りと動物ネタに弱い私にとって、最悪の展開でした。

飼い犬が死んでしまったという冒頭から涙が溢れ出し、
最後には嗚咽を漏らすのを我慢するほど。

「主人公はこの時どのような気持ちだったでしょう?」
みたいな問題も、もはやどうでもいい。
むしろそんな野暮なこと聞いてくれるな!状態。
涙と鼻水は試験終了時間まで止まりませんでした。

センターの点数よりも実技の点数が大事とは知っていたものの
大号泣の私は合否の行方が不安で不安で堪りませんでした(笑)。


センター試験に合わせて『つめたいよるに』を引っ張り出しました。
通勤中に本を開いてみたけれど、1行目から涙が溢れて断念し
2話目から読みました。

が、…いかん!!
前よりも泣ける話が増えている!!

最後のセンター試験から17年、ずいぶん私も年を取って
涙もろくなっているようだということに気付きました。

でも、涙を流すとなんだかすっきりしますね。
人には例え何もなかったとしても「泣くべき時」というのは
あるのだと思います。

この本の中に「ねぎを刻む」というお話があるのですが、
自分のことのように思えます。


今年は過去の記憶や出来事についてもいろいろと書いていこうと
思っています。
お読みいただけましたら嬉しいです。